江戸時代には、日本橋は金融や商取引の中心地でした。利根川水系の水運の要衝が隅田川河口であり、また海上輸送路の要衝も兼ねていました。農産品などの集積所であり、取引の決済場所でした。そこでは両替商、問屋など商人が活発に経済活動を行っていました。いわゆる都心の商業地の原型は、日本橋だったのです。この頃の街は、もちろん工場の煤煙もないし、隅田川も排水で汚れていませんでしたから、商人や職人たちが当時の商業地域に職住近接して暮らすというのは、それなりに快適だったわけです。江戸は、世界でも有数の清潔で暮らしやすい文化都市だったのです。近代の都市計画の骨子は、住居専用地域、商業専用地域、工業専用地域と分けて考えるものでしたが、それは、工業化社会において悪化した環境のなかで人々が暮らすことは好ましくないという考え方に基づいています。住環境が良好だった江戸市街には、そういう区別はなかったのです。皆、職住近接だったわけです。職人や商人は、資材や農産物の運搬と保管の利便性がいい川沿いに住み、侍は江戸城周辺の台地や丘陵地に住み、農民は、田畑の近くに住んでいました。ですから、都心から工場が消えていけば住環境が良くなり、また江戸時代のように職住近接が復活するのは必然なのです。まさに日本橋のように、商業地と住宅地の区別がない状況は、赤坂、六本木、青山、渋谷、代官山といったエリアにも端的に表れています。つまり、現在の商業地域は、山手線の東京駅から大崎駅までの間か、あるいは、赤坂や六本木を中心というエリアになりますが、そこと一体化して住宅街が形成されている、そういう都市構造になりつつあるのです。それらのエリアの一部では、商業地と一体化した住宅街の賃料が、特に大型ファミリータイプの賃料が、ズバ抜けて高いという明白な特徴を見せています。
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